「実は俺とケイロのことを、家族にどう伝えればいいかって悩んでて……できれば異世界のことは隠しつつ、俺がケイロについていって家から離れても安心してもらえるようにしたくて……何か良い案ありますか?」
俺の相談にソーアさんが腕を組み、ウーンと唸り出す。
「それは難問ですね。私たちの世界のことを言わずに、ここから離れることを安心してもらう……そもそも親は子どもを心配するものですし、嘘をついて行き場所を伝えてしまうと、それが偽りと分かってしまった日には大騒ぎになりそうですし」
「確かに……うちの母さん、行動が早いからなあ。嘘って分かったら自分で場所を確かめに行きつつ、警察に連絡して捜索願い出しそう」
「ネットのニュースでこの世界のことを毎日学んでいますが、最近はSNSという疑似魔法ツールで顔も知らない相手と連絡を取り、言葉巧みに外の国に連れ出して悪事を働かせる事例もありますからね……下手な嘘や隠し事は避けたほうがいいかと」
SNSは疑似魔法か……ケイロたちから見ればそうだよなあ。
こっちの世界のことを俺がレクチャーしたり、自主勉強したりして、ソーアさんはかなり馴染んだと思う。でもたまに異世界の価値観が混じって、その感覚の違いが新鮮だったりする。ケイロと違って、ソーアさんはこっちの世界に合わせて真面目に考えてくれる。ありがたい存在だと思うけれども、悩ましいことに答えが出ない。
俺もつられてウーンと唸りながら考えてしまう。
そんな俺たちを、ケイロはコーヒーを口にしながら呆れたように見ていた。「何を言っても心配されるなら、最初から本当のことを言ってしまえばよくないか?」
「それができたらこんなに悩まねぇよ!」
ああ、誰もがケイロみたいに開き直って生きられないんだからな……お前のその言葉、パンがなければお菓子を食べればいいのよ的なヤツだからな。
後でケイロの部屋で説教だな、と考えているところで、今度はアシュナム
◇◇◇神殿で一泊するために通された部屋は、広々として、ベッドやソファなんかも大きくて立派で、明らかに偉い人が泊まる用の所だった。床も壁も大理石。その上にフカフカな深紅の絨毯が敷かれている。神殿の一室っていうよりも、城の部屋って言われたほうがしっくりくる内容だ。「スゲー……なあケイロ、本当にここで泊まっていいのか?」辺りをキョロキョロ見渡しながら話しかけると、ケイロからフッと笑う声が聞こえてきた。「これぐらいで驚いていると、城に行ったら驚きすぎて気を失いそうだな」「えっ、ここよりさらに大きいのか!?」「王が住まう城だぞ? 当然だ」見た感じ、この部屋でも三十畳はありそうなんだけど、それよりもさらに大きいのかよ。確かに城だもんなあ。……この大きさでも落ち着かないんだけど。一般家庭の八畳部屋で育ってきた身としては、こんなに大きい部屋にいるだけでなぜか申し訳ないというか、居た堪れない気持ちになってくる。俺なんかがこんな部屋使ってごめんなさい、という謎の貧乏性を発動させていると、ケイロが「大智」と硬い声で呼んできた。珍しいなと思いながら振り向くと、声よりも硬く、真面目な表情のケイロが俺を見つめていた。「すまないが今からここを発つ。お前は俺たちが戻るまで、神殿から出ずに待っていてくれ」「俺だけ置いて行かれるのかよ……せっかくの異世界なんだし、神殿の周りをちょっと散歩するぐらいダメか?」「駄目だ。大智に何かあっては困るんだ。頼むから大人しくしていてくれ」ふざけている訳ではない。本気の言葉だ。言うことを聞くしかないと分かった上で、俺はわざとらしく大きなため息をついた。「はぁぁ……しょうがないな。なんとかガマンするけど、神殿内は見物してもいいだろ? それぐらいは許してもらえないとキツいぞ」「仕方ない。必ず神官の誰かを連れて歩くようにしろ。人目につかない所には絶対に行くな」
「大智様、大変失礼しました。驚きのあまり身動きが取れなくなってしまったもので……いやはやお恥ずかしいところを見せてしまいました」神官たちの中でも見るからに年長者だと分かる老神官が、俺の前にやって来てゆっくりと頭を下げる。長くてうねうねの髪も、胸元まで伸びた顎ヒゲも、キレイな銀色。深い皺が刻まれていても、若い時は美人だったんだなって分かる品の良い顔立ちだった。俺もぺこりと頭を下げ、老神官に笑ってみせる。「いえ、俺も自分の世界でケイロに驚かされっぱなしでしたから、気持ち、すごく分かります」「なんと懐が広いお方。殿下が大智様を選ばれた理由が分かった気がしますねえ……ああ、申し遅れました。私は神官長のオーリム。どうかお見知りおきを」オーリムさんと話をしていたら、隣でケイロが目を閉じながら小さく頷くのが見える。何も言わないけど、「やっと分かったか愚民どもめ」なんて盲目的な俺様王子の心の声がダダ漏れだ。これが他のことなら呆れるだけで済むんだけれど、俺のことだからなんか居た堪れない。誤魔化すように俺は咳払いすると、ケイロに尋ねた。「ひょっとしてなんだけど……ケイロの家族にもこんな調子で雑に伝えて、本気にされていないってことはないか?」「さすがに父に無礼があってはならないからな。細心の注意を払って丁寧に伝えてきた」「ケイロの父ってことは王様だよな……分かってくれたのか?」「すべて説明を終えた後、氷の彫像のように固まってしまって反応しなくてな。俺がその場に居続けても意味がないと思って、そのまま席を立って部屋を後にした」「王様を放置プレイするなよ! ってことは実質神官の皆様と同じ状態じゃねーか……うわぁ、前途多難だ……」頭を抱えて唸ってしまう俺に、ソーヤさんが苦笑しながら「ご安心下さい」と声をかけてきた。「本日はこちらの神殿で休ませてもらい、その間に王城に事情をお伝えして大智くん……いえ、ここでは大智様と呼ばせて頂きますね。大智様を迎える準備を進めて参ります」様付け……王子の妃だもんな。俺に似合わないって分かっていても、受け入れ
◇◇◇強い光に一瞬目がくらんで、意識がプツッと途切れる。それからすぐにスイッチを入れるように意識が戻った時には、目の前の視界が変わっていた。「……え?」思わず俺は声を漏らす。ついさっきまで百谷家の中庭にいたのに、目に飛び込んできたのは白亜の神殿っぽい所だった。どう見てもザ・異世界。ついに来ちゃったよ異世界。分かった上でケイロたちと一緒に来たけど、実際に目の当たりにすると頭ン中がバグる。これ、夢じゃないのか? って思いたくなってしまう。すげーベタだけれど、俺は自分の頬をつねってみる。……うん、痛い。夢じゃない。ということは、俺の世界から一瞬で異世界に来ちゃったのは現実。そんでもって目の前に並んだ神官っぽい方々が、俺を見て石像のように固まってガン見してくるのも現実ってことか。「着いた早々に何をやってるんだ、大智?」隣から訝しげなケイロの声がしてハッと振り向く。見慣れた生意気俺様同級生じゃなくて、キラキラの金髪王子様なケイロの姿にビクッとなってから、俺は我に返って笑った。「いやー、実は夢じゃないかって思って、ちょっとつねって確かめてた」「どう見ても現実だろ。確かめる間でもない」「ケイロは自分の世界だからこれがフツーかもしれないけど、俺にとっては未知の世界なんだからな? お前の姿にもまだ慣れてないっていうのに……」話をしていくと、少しずついつものケイロとの距離感が戻って来る。王子様相手にこれで大丈夫なのかって思いはするけれど、今さら畏まれない。だって夫婦だし。先にアシュナムさんとソーアさんが、神官たちに駆け寄って話をし始める。距離があるから何を言っているのかよく聞こえないけれど、なんか我に返ってざわつき出しているような……?よく分からないけれど変な空気になってるような気がしていると、ケイロが俺の手を引きながら神官たちに近づいていく。
俺たちが話している間に、ソーアさんが庭の中央で手をかざし、精霊たちを集めて光を膨らませていく。今は夏の午前中。空は快晴。すでに眩しい日差しが痛い。そんな中で庭を光らせても目立たないから、周りにこの不審で不思議で非常識な現象はバレないだろうと俺は安堵していた。今までもこんな感じで異世界に戻る準備してたのかな?こっちにまた来る時は、夜じゃなくて昼にしような。この光のせいで、俺、巻き込まれるハメになったんだから。ぼんやりとした半円状の白い光が、俺たち四人が入れる大きさになった時、ソーアさんが俺たちに振り返った。「お待たせしました。いつでも行けます」「よし。行くぞ大智」ケイロは短く頷くと、当たり前のように俺の手を掴み、光の所へ引っ張っていく。「こ、コラ、子供じゃないんだから、言えば俺も移動するって……お前に触られたら、体がヤバくなるんだから――」俺たちの関係を知っているとはいえ、人前でベタベタするのは抵抗がある。しかもケイロに触られると疼く体にさせられたから、恥ずかしさも加わってもう腰の奥が熱い。行く前から羞恥プレイに耐えるハメになっている俺に、ケイロは笑わず、真顔で話を遮った。「しっかり手を繋いでおかないと、転移の際に離れ離れになってしまう。最悪、世界の狭間に落ちて二度と帰れなくなることもある。だから我慢しろ」「マジかよ!? うう……じゃあ、なんとか我慢する」とんでもないガチな事情が判明して、俺の背筋がブルルッと震える。思わず俺からもガッチリ手を握り返すと、戯れにケイロが親指で俺の手を撫でてきた。「責任は着いたらじっくりと取ってやるから安心しろ」「できねぇよ! せっかく異世界旅行できるのに、抱き潰されコースで帰宅なんて絶っっっ対に嫌だからな!」冗談のつもり……じゃないな。ケイロのヤツ、本気だ。全力ツッコミを入れながら、俺は必死に異世界に着いた後、いかにケイロの部屋に連れ込まれないかを頭の中でシミュレー
◇◇◇赤点補習が終わり、夏休みの半ばにしてようやく俺は自由の身になった。せめて二学期は赤点ラッシュで留年するハメにならないよう、宿題は本腰入れてしっかり進めて終わらせた。だって俺はこれから残りの夏休み中、未知の世界へ旅行に行くのだから。 一応夏休みが終わる前にはこっちに帰るとは言ってたけど、予定は未定。どうなるか分からないから、夏休み終わりの駆け込み宿題ラッシュを今の内にやっておいた。ぶっちゃけ疲れた。神経がすり減った。 でも心はいつになく元気いっぱいだった。ケイロたちの里帰りに同行する――という名目の、夢の異世界ツアー。 俺の場合、後でそっちに移住する予定だから、短期お試し旅行ってところだ。「大智、いってらっしゃい! 圭次郎くんと仲良くねー」パンパンに膨らんだ旅行カバンを肩にかけて家を出ようとした俺に、母さんがにこやかに手を振って送り出してくれる。……仲良く……うん、たぶんあっちでも執拗に仲良くされることになるだろうなあ。ケイロが自分の世界に戻ったら、さらに遠慮がなくなって加減しなさそうな気がする。 まさかあっちの観光とか一切できずに、ケイロの部屋から出られない……なんてことにならないだろうな? そんな爛れた夏休み抱き潰されコースなんて絶対嫌だからな?後で念を入れて言っておかないと――と考えながら、俺はお隣さんへと向かう。いつもなら家に入るが、今日はそのまま中庭へと移動する。 すでに準備を終えていたケイロたちが、俺に気づいて各々に振り向いた。「来たか大智……なんだその荷物は?」本来の姿であるプラチナブロンドの髪をなびかせるケイロが、いつになく眩しく見える。だって格好もこっちの服じゃなくて、軍服っぽい王子様らしい衣装だし、目の色も金色。茶髪じゃないってだけでも違和感を覚えてしまうが、全体的に色味が薄くなって、神々しく見えてしまう。中身は万年俺様我が道まっしぐら野郎なのに。 そんでもって、ケイロがどんなヤツかを散々思い知ってきたのに、普段見ないお堅めの凛々しい姿に俺の
◇◇◇夕飯を終えると、ケイロはアシュナムさんたちの分のカレーが入った容器を手にして帰っていった。家族二人になった後の母さんは、それはもうミーハー丸出しに興奮しながら後片付けをしていた。俺にケイロと何があったか教えて欲しいと興味津々で聞いてくるし、別にいいだろって突っぱねてもしつこいし、明日の弁当を作らないって人質ならぬ弁当質を取ってくるしで、俺は観念して差し障りのないことを話した。特に球技大会で優勝したって話が母さん的にはクリティカルだったらしく、「これぞ青春ね!」とはしゃいでいた。……蓋を開けたら青春なんて爽やかさの欠片もない、愛欲まみれの関係なんだけど。心の中で遠い目をしながら、俺は素直に喜ぶ母さんを見つめるばかりだった。母さんの片付けと、根掘り葉掘りの俺とケイロの友情馴れ初め語りに一区切りつけた後、俺は自分の部屋に戻る。ガチャッとドアを開けると、「遅かったな、大智」ここが自分の部屋だと言わんばかりに、ベッドの上で脚を組み、ニヤリと笑うケイロがいた。バタン。 しっかりドアを締めると、自動的に防音魔法が発動して声が部屋から漏れなくなる。どれだけ大声を出しても大丈夫。準備はオッケーだ。 俺は思いっきり息を吸うと、一気にケイロとの距離を縮め、ガシッと両肩を掴む。そして体の力が抜けるのを堪えながら、ケイロの体をガクンガクンと振りまくった。「ケイロ、お前なあ……っ! 心臓に悪いことを勝手にするんじゃねーよぉぉっ! 生きた心地がしなかったんだからな!」「だが問題なかっただろ?」「結果論だし! あんな母さんだったから良かったけど、普通なら怪しまれて反対されるからな!」俺に体を揺さぶられながら、ケイロは平然と言い返してくる。「さすがに俺も人となりを知らずに動く真似はしない。大智が赤点補習とやらをやっている間に母親と接触して、やり取りを重ねてきたんだ。その上で話をしても大丈夫だと判断した」「ちょっとは考えてやったみたいだけど、それでも俺に前もって言えよぉぉ